たまご社発 食育通信

イラスト©森泉 千亜紀
「名シェフが教えるおいしい野菜料理」
(株)旭屋出版

名シェフが教えるおいしい野菜料理

その11

食育、食育って、
   いうけどさっ


世は、「食育」の大合唱です。国が法律で『食育しましょう』と言えば、学校も、企業も、マスコミも、生産者も、こぞって「食育しましょう、してますか?」の嵐です。

そんな昨今、「わかってるけど、正直言って料理が好きじゃない人間にはプレッシャーなのよ」という声を聞きました。「松成さん、どうしてやる気になったの?」と。

具体的なきっかけは、この通信の「その1」に書きました。NPOまで立ち上げて・・・は、ただ、ただ、使命感。何かに背中を押されているようでした。

「食育」がなぜ、必要かなんて、みんなもうわかってる。周囲を見渡せば「これでいいのかなぁ」だらけだもの。

でも「じゃあ、何をどうすればいいの?」「今のままじゃ、絶対いけないの?」「だって、忙しいのに」「家族みんな、勝手を主張するのに?」となる。最も難しいのがこれらに対する答えです。

外食、加工食品は少なめに。手作りしましょう。地元で取れた旬のものを食べましょう。食事中はテレビを消しましょう。好き嫌いは直しましょう。お正月はおせち料理を食べましょう。栄養バランスを整えましょう。塩分は控えめにしましょう。環境に負荷をかける行動は慎みましょう・・・・なんて模範解答は聞き飽きてるんです、みんな。なにより、私の耳が「わかってる、うるさい」と言っている。

たとえば、私のとても近い知り合いに、3人の子を育てながら働くママがいます。三世代同居で合計7人家族。おじいちゃんは、好き嫌いがとっても激しいけれど、70をとうに越えていまなお体に悪いところなし。自分の気分で食事中のテレビのオンオフの権利を握っている。おばあちゃんはコレステロール値さえ気にしていれば、あとはまったく正常。家族の平和を何より愛するがゆえに、食べ物や買い物、しつけも過ぎた主張はしない。買ってきてよし、チンよし、孫にも距離を持ったソフトな指導。ここに同居する30代夫婦。夫は魚の骨が天敵ゆえに、肉は食べるが魚は食べたくない。ただし、もっぱらの栄養は1日2リットルという牛乳消費で補っている。野菜も好きではないとのこと。妻はさて、いつも忙しく立ち回り、家族の都合に振り回されながら料理を作っているから本人の好みを聞いたことはないが、基本的にお菓子作りは子供も喜ぶので好きらしいが、7人分の料理となると、さて、どうだろう。

そんな家庭の子どもたち3人。おじいちゃんが席をはずせば、口をあんぐりテレビのほうに向けたまま、朝は菓子パンか、甘いコーンフレークか、はたまたおかずゼロの白米オンリーをお茶で流し込む。夜も似たり寄ったりでごく少種類の食物を「テレビ見ながら」「ばっかり食い」「優先順位の低いアイテムは途中でギブアップ」。一日のエネルギー量はおやつでまかない、栄養は食卓にずらりと並んだサプリメントをぼりぼりとほおばって、とりあえず「元気」に過ごしている。そして、そのママは、なんと現役バリバリの薬剤師。つまり病院と濃い付き合いの毎日で、何がいけなくて何がいいか、よくよくわかっている「科学の子」なのである。

「我が家の食の偏りなんて、人に言われなくてもわかってる。わかってるけど、いったい誰が私の言うことを聞くというのよ?」が、彼女の叫びだ。疲れた体で好き嫌いの激しい家族と渡り合うのにはもう根性が尽きたらしい。テレビのチャンネル闘争と同じ。「勝手にやってなさい」。

それでも、この家族、本業は農業で、食べ物を作って50余年。怪我はしても病気一つしない。こんなところに何が食育だぁ。ここでは、私もまったく歯が立たない。「食育」の二文字ははじけ飛びました。

けれど、何かが違う。このまま育った子どもたちは、将来いったいどんな家庭を作り、どんな子を育てるのでしょう。大きく狂った歯車は、きっと食卓だけのことではないのです。自分の心か体に大きな亀裂が出てこない限り、食の軌道修正(=食育)はできないのでしょうか。

料理教室で楽しいインパクトを与えているだけでは届かない「現代の食卓」に、大きな敗北感を感じている昨今です。

まつなり ようこ